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2007年2月25日 (日)

今年はどうなる卒業式

とゆーわけで、開設早々の一発目である。

何? 前のブログと文調が違う?

あぁ、まことに申し訳ないが、そこは勘弁願いたい。
自分の思考を書くときに敬語を使って書くというのはどうにも馴染めないゆえ鳥肌が立ってきてしまうのである。
関西風ではさぶいぼか。
いやまあそれはどうでもいいとして、そんなわけで諸連絡以外はこのような文調になるのでご容赦頂きたい。

と、それはそれとして、卒業式である。
もう二月もほどなく終わり、卒業式の季節へとなっていくのだが、毎年この時期、常に思うことが私にはある。
すなわち、

今年は何人の教師が暴動を起こすのか

ということである。

暴動というのは例の『国旗掲揚・国歌斉唱反対!』と騒ぎたて、ビラを配ったり、こともあろうに、式中、『国歌歌うな起立をするな』といったりするアレである。
このように書くとおおよその日教組組合員だとかそういった左向きの人間は声を荒げて私を叱責するのだろう。
憲法にある『思想・良心の自由』を守る運動を暴動扱いするとは何事か、と。
まあもっとも、憲法にある天皇陛下の項目を綺麗さっぱり無視してくれる彼らがそんなことを言ったところで、『どの口が言う』と言われるのが落ちなのだろうが。
国旗掲揚、国歌斉唱というものが組み込まれた式を破壊するのだから、それは暴動以外の何ものでもない。
まあそのために彼らは式以前からこれらを拒否し、学校経営者に圧力をかけ、彼をなぶり殺しにするのだろう。
広島県立世羅高校の教職員一同は、きちんと故石川敏浩氏の慰霊に訪れたのだろうか。
以前某サイトにあった、氏の葬式に同僚であったはずの教職員が訪れなかったという文面を見て憤慨したことがある。
同時に教師という人種の誇りのためにも嘘であってほしいと、当時教育学をもっぱらとしていた私は思った。
氏の死因がどうのというつもりはないし、第三者である私が原因がどうのという権利もない。
しかし同僚の死に追悼の意も示さないというのはおおよそ日本の社会通念上異常である。
例えその相手が親しくなかったとしても、その死を悼むことは日本人なら誰しもができることであり、またすべきことである。
それをしないのも『思想・良心の自由』というなら、そんな憲法に価値などない。
憲法のために社会があるのではなく、社会のために憲法があるのだから。
昔からある日本という社会をぶち壊しにしてくれるようなものなどこの国には必要ない。
もしそんなクズ教師が横行している教育現場なら、いじめを苦に自殺した生徒の遺体を笑いながら覗き込むバカ生徒が発生するのも仕方あるまい。
閑話休題。
この『思想・良心の自由』というものを振りかざし、国旗国歌は戦前日本を連想させるからだめだ、国歌は天皇を讃えるからだめだといい、これを拒否して学校運営の一環である式を破壊する。
まさに道理も何もないのである。
そう私が考える、その理由を以下にまとめてみる。

わけの分からない彼らの主張は多々あるが、まず軍国主義どうのこうのという話に関して。
確かに日章旗や君が代を戦前も使っていたし、これによって戦前を思い出すという戦前生まれもいるかもしれない。
あいにく私は戦後生まれであり、このあたりのことは証明できないのだが、それをもって戦争がどうのというのはどうだろう。
日章旗も君が代も、別にかの大戦を支持、賛美するものではない。
あくまで戦前の意識鼓舞のために用いられただけである。
それをもって、更に酷くは『日章旗、君が代は日本を戦前に引き戻す』というのはまったくもってお粗末である。
これらをモノに例えて申し訳ないが、例えば包丁は使い方一つで有用な料理の道具にもなりうるし、殺人の道具にもなりうる。
これをもって『包丁禁止』と叫ぶ輩はおるまい。
戦前に回帰する、戦争への道を辿るというなら、それを監視するべきであり、頭から『戦前使っていたから禁止』というのは、もはや思考も平和への努力も放棄した暴挙である。
そもそも戦前からあったから禁止では日本という国そのものも禁止となる。
もっとも、大陸の約二カ国(今現在、一カ国は二地域と数えるのが妥当かと。あの男が酋長やってますし)や、我が国の左向きはそうなることを願っているのかもしれないが。
ともわれ日章旗が国旗、君が代が国歌であることで戦前に舞い戻るというのはただの詭弁であり、これをもって日章旗、国歌を否定するというのは実に幼稚な行為なのである。

さらに君が代が天皇を賛美して人民主権、民主主義を否定するなんていう話があるが、これも眉唾物である。
そもそも日本は、学説的に緒論があるものの、立憲君主制と見てほぼ間違いないし、明確に議院内閣制を敷いている。
諸外国においてもそう認識されているし、そもそも天皇陛下は日本国憲法において『日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』とされている。
つまり君が代を歌うことは陛下、ひいては日本国および国民の安寧を願うということではないか。
そういったことを生徒に教えずに、日教組教員などは『君が代はけしからん』というのである。
自分たちの安寧を祈る歌と考えれば、わざわざ強制しなくても生徒はそれを受け入れると思うが。
大体にして、彼らの言う人民主権も日本国憲法で示されたものである。
自分に都合のいいものだけ認めて、そうでないものは反対するどころか口にもしないとは、なんともふざけた話である。
これで『ルールを守れ』と言われて聞く生徒がどこにいる。
もし勝手なファッションが祟って『校則違反だ』といわれたら、生徒諸君、『先生はルール守ってますか?』と言ってみてはどうか。
あるいは、『ファッションは思想によります。思想・良心の自由は憲法によって認められています』と言ってみるのも良いかもしれない。
それによって内申が下がったら『不当な弾圧だ』と詰め寄るべし。
再び、閑話休題。
とにかくそういったわけで、君が代を歌っても人民主権を否定するなんてことにはならない。
というか、陛下ご自身は、無礼千万と承知した上で言わせていただくならば、行き過ぎたくらいに政治に対する不介入を貫いておられる。
皇室典範の改正議論についても何も申されない。
普通の家庭が赤の他人から『お前のところ、これこれこうしろ』と言われれば、反発するだろうに。
その陛下に『さあ指揮を取って戦争してくれ』と誰かが陳情したとして、果たして陛下がお聞きになるか。
なのにどこぞの輩は言うのである、『天皇正反対』『君が代はけしからん』と。
むしろ日本が絶対君主制で昭和天皇に絶大な権限があれば、かの大戦は回避されたかもしれないとすら思う。

では、もしもの話であるが、億歩譲って日章旗、君が代がなんでか知らんがけしからんとなったとする。
それをもって式をぶち壊すことは許されるか?
答えはノーである。
理由は様々であるが、まず『思想・良心の自由』を用いた拒否。
例えばある会社を辞めた人間が、他社にその会社の極秘情報を漏らしたとする。
その会社は当然その人間を訴えるが、彼は『憲法第21条で表現の自由が認められている』と主張する。
さて、裁判所はどっちの意見を聞くだろうか。
アメリカならどうかは知らんが、日本ではまず間違いなく後者だろう。
『秘密は保守すべし』という、もはや常識ともいえる義務に違反して権利を主張したところで、もはやそんなものは詭弁である。
大体にして、もし憲法違反があるのなら違憲立法審査に訴えるべきであり、実際これは左向きな連中にごちゃごちゃとやられているようではあるが、いずれにせよこれをもって式をぶち壊しにする権利など、どこの誰だって持ってはいない。
上位のルールに下位のルールが従うべしという決まりはあるが、上位のルールがあるから下位のルールを破っていいなんていう道理はない。
結局彼らの言い分は言い訳にもならないのである。
同時に『強制は人権侵害』という輩もいる。
しかし、歌を歌えと言われただけで侵害される人権とは……いやはや人権もやけに安くなったものである。
そもそも強制とて、わけの分からん輩がわけの分からん主張で反発するからせざるを得ない状況にあり、普通にしていれば何もご大層に教育委が通達を出して強制する必要もあるまい。
『諸外国で強制している国家は少ない』なんていう意見もあるらしいが、強制させているのはどこのどいつだ。
私はかつて塾講師をやっていたことがあるが、この強制というもの、実はやらせる側にも体力がいる。
当然だ、無理やり反発する輩を体力で押さえつけなければならないのだから。
もし生徒が自発的にやってくれれば、無駄な体力も使うことはない。
自ら進んで強制など、おそらく誰もやりたがらないんじゃないだろうか。
これを思うと、通達をする教育委、またそれを実行しようとする校長たちに同情してしまう。
大体にして上の通達を無視し従わないということは職務放棄に当たる。
憲法がどうのという意見は上の理由から却下。
会社なら処分が下って当然だろう。
もし彼らが処分を覚悟し自を通すなら、まあそれも仕方あるまい。
教育上は当然ながらよろしくないが……。
しかし彼らはこともあろうに、自らの権利が阻害されたと訴訟を起こすのである。
覚悟がないなら義務を破るべからず。
彼らには義務と権利が対になっているという認識があるのだろうか。
どうにも彼らに限らず左向きの連中には権利ばかりを主張する人間が多いように思われるのである。

いや、まこと申し訳ない。
書き始めたころにはまさかこんな長文になろうとは思わなかった。
ただ、元教育屋という立場から、今年こそまともな卒業式シーズンをという願いのもと、最低限のことは書いておきたかったのである。
だから、最後に言っておきたい。
去年いかがわしい主張で式を妨害した、そんな罪深き教師たちに。

今年はちゃんと仕事しろ、と

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