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2008年7月29日 (火)

留学生30万人計画 自前で優秀な学生育てようとは思わんのか

 移民1000万人計画とあわせ、諸ブログ様にてその問題点が指摘されております留学生30万人計画。
 当初『100万人』だのとアフォなこと言っておりました福田ですが、さすがに馬鹿丸出しということに気づいたのか、30万にランクダウン。
 しかし現在の12万から倍以上にするって意味で、問題としてはまったく解決していないわけで、これを推し進めようとしている輩の気が知れません。
 
 そもそも何のために30万もの留学生を引っ張ってこようとするのか、その理由らしき記事がございましたので、まずはこちらをご覧ください。
 
<以下引用>

拠点30大学を重点支援=「留学生30万人計画」で骨子-政府
7月29日11時15分配信 時事通信

 政府は29日、福田康夫首相が掲げる「留学生30万人計画」の基本的な考え方を示す骨子をまとめた。優秀な留学生を獲得するため、今後拠点大学を30校選定し重点的に支援することなどを盛り込んだ。文部科学、外務、経済産業など関係省庁は連携し、計画実現に向けた具体的な施策の検討に入る。

<Yahoo Newsより>

 はぁ?
 
 いやもう呆れてものが言えません。
 むしろ憤慨ものですよコレは。
 
 海外から30万も引っ張ってくる、その理由が『優秀な留学生を獲得するため』ってんですから、日本国民舐めきってるとしか思えません。
 
 いや、もちろん優秀な学生人口を多くする、それ自体は間違ってませんよ。
 日本の技術、経済をより発展させるためには必要不可欠なものであります。
 が、それをわざわざ海外から持ってくるってのが分かりません。
 自国内で、優秀な学生を育成しようともせず、海外からひっぱってくる。
 アフォかと思わず声高に叫びたい気分です。
 
 中には『優秀な学生を育成することもやってる』と言う方もいるか知れませんが、冗談はよし子さんってな話です。
 大学の年間授業料が国立で50万、私立文系で70万ですよ。
 これが私立理系なら100万、医科歯科なら300万ですよ。
 またこれらは単に『授業料』ですから、私立であればこれに加えて入学金が30~90万、設備費として20~100万、実験実習にも金かかりますし、寄付金がとんでもないことに。
 もちろん入学金は国立にだってございます。
 
 遊びに三流大学行く連中は知ったこっちゃありませんが、現実に優秀な頭脳を持ちつつ、経済的理由で大学進学を絶たれる方だって多くおります。
 そういった方を支援せず、育成しようともせずに、海外に金をばら撒く。
 ふざけんなって話です。
 
 奨学金? バカ言っちゃいけません。
 日本学生支援機構がやってるのは単なる教育ローンですよ。借金ですよ。
 えぇ借金なワケですから利子だってあります。
 (一種は無利子ですが月額8~12万程度)
 東雲なんぞまだ社会出てもいないのに借金一千万ですよ。
 ウチはまだ貧困に喘いでいるわけではありませんでしたから、『まぁ何とか返していこう』と思えましたが、かねてより貧困に苦しんでる方が一千万も借金を負うと知って、そのリスクを持ってまで大学行こうと思いますか?

 加えて大学出たからといって仕事があるとは限らない。
 今では博士を取得しても就職先がなく、何年かはポスドクで生計を立てるのが当たり前です。
 どうしますか、やっとの思いで大学でて、しかし残ったのは借金のみ、なんて事態に陥ったら。
 
 しかも海外からの留学生が不法に就労し、大学に出ていないなんてこともあります。
 いつの間にやら大学が足取りを掴めなくなっている、なんてこともありました。
 そんなリスクを犯してまで海外から留学生を引っ張ってくる理由と言うものは、これっぽっちも存在しません。
 
 この留学生30万人計画と申しますのは移民1000万人計画と根っこは一緒で、とどのつまり自前の学生、生産者を育成する義務を放棄して短絡的に海外から引っ張ってこようという、そんな愚行なのであります。
 そんな金あるならまずは自国民に投資しろと、そう思わずにはいられない東雲です。

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コメント

どこからの要望、圧力で実現に向けて頑張ってるんでしょうか。
お友達のためには、(無関心で従順な?)国民を犠牲にしてでも実現したいようです。
それは、(今現在、選挙権を持たない)将来を担う若者を蔑ろにするものですよね。
無関心で従順であることは… 美徳ではありませんよね。
ならば、無関心も従順も返上して、関心を持って、異論も唱えていかねばなりません。
それは、なかなかシンドイ、成果の見えない不毛な道でしょう。
でも、やるしかない。
それが、大人としての責任であると… 私は、考えています。

一人ぼっちでは出来ないけれど、増えていけば変るかも。
と、増えていけば良いですよね。(絶望でなく、希望です)
ファイトォ~!

投稿: 元気 | 2008年7月29日 (火) 23時26分

元気様、コメントありがとうございます。

>どこからの要望、圧力で実現に向けて頑張ってるんでしょうか

ホント、どこからの要望なんでしょうかねぇ。
元気様のブログで『中国に無償協力5億円=行政官の日本留学支援』の記事を拝読させていただきましたが……東雲にはどこの要望かまったくもって分かりません(笑)
いやまぁ笑ってる場合じゃないんですけどね。
そんな金あるなら国内に投資しろってな話です。

それとも生徒、学生の大半は選挙権ないからどーでもいいってことでしょうか。
民主も(選挙で票取れる)福祉って観点以外で教育に金かけろなんていいませんしね。
それよりは宗主国様のお言葉が大事、と。
ホント一体どこの国の政治家なんですかね。

現在、教育・学術はボロボロです。

ゆとり教育なんてバカなものやらかしたために学力低下が著しく、また現在の教員免許取得システムが素人に毛が生えた程度の教員しか養成できないのも問題です。
かつての高度成長期では『もっと豊かな生活を』と生徒側が必死に勉強したものですが、フリーターだって食っていける現在において、生徒の学習意欲は著しく低下中。
プロの教師(『プロ教師』がそうとは限らない)が必要な現状で、それを改めることなく、下手すれば足引っ張ることになりかねない免許更新制を導入する。

大学で研究するにしても、国から科研費(金)が下りてこない。
学生に対する資金支援も微々たるもので、本当に貧困に困っている人間は就学することすら出来ない。
博士を出てすら、就職先が無かったりする。
他国では博士なんてのは結構優遇されるもんですが、企業は『博士は給料高くなるから』と敬遠、国もこれに対し働きかけるようなことをしない。
おかげで博士まで行って研究してやろうという人間が減り、研究する人間がいないものだから日本の技術力は徐々に滞りを見せていく。

国家を作るのは国民であり、国民の教育はすなわち国家の教育に他なりません。
教育を徹底してからこそ、国家は大きくなることが出来ます。
政治、経済、技術、その他様々な分野を進歩させるために教育は必要なはずなんですが、それをすることもせず、ただ『優秀な留学生』を引っ張ろうとする。
果たしてそれがどこからの要望で、本当に『優秀』かは知りませんが、こんな教育の意味も知らない、行き当りばったり、その場限りの方針をやってるような政府に未来を決定することは不可能です。

国民の大勢が国政に無関心、あるいは即時的な、年金だのガソリンだの分かりやすいものにのみ反応するのも、あるいは先を見る目が養われていないせいなのかもしれません。
もちろん身近な問題に反応することは悪いことではありませんが、『これがこうなればそうなる』という、先を見通す力も持っていければ、と思います。
これができれば、少なくとも移民計画だの人権擁護法案だの外国人参政権だのに賛同するなんてことはないでしょう。
むしろその危険性に反対の声を上げるかもしれません。

関心を持って異論を唱える方が増えれば良いですが、それを希望でなく現実にするには、そういった先に起こる可能性や問題点を提起するのも重要かもしれませんね。

投稿: 東雲一葉 | 2008年7月30日 (水) 10時59分

>それをすることもせず、ただ『優秀な留学生』を引っ張ろうとする

引っ張ろうとしているのかさえ疑問です。
私には、日本を差し出しているように思えてならないからです。

実際は、(外国の要望で)日本の技術を公然と盗んでもらおうという意図なのでは?
しかも、貴重な財産たる情報を日本の国費でもって提供しようという… カモネギですね。(泣)
日本のパンピーなんかに口出しさせないという悪意が見えます。
で、結果どうなるか…
いずれ、日本は最先端を走れなくなります。技術劣国になります。
というのは、盗み放題の国に、どこの国が貴重な財産たる情報を提供するでしょう。
今現在でも、アメリカから日本に情報が渡った翌日には中国に情報が渡ると言われているのですから…
(その真偽よりも、そう思われているということが問題です)
名実共に、情報管理が出来ない国。危機管理の出来ない国に成り下がります。
日本の優秀な人材は、日本に活路を見い出せず、ますます海外に流出していくでしょう。
移民政策と少子化で、既に日本人の割合も激減しているでしょうが…
残るのは… 産業も人材も空洞化したような抜け殻のような日本です。
そうなれば、日本自治区としてしか存続出来ないかもしれません。
スラム化しているかも知れませんね。
指導者がいつの間にか、中国の指導者に代わっているかも知れません。
そうなれば、ユダヤの民のように、優秀な人材は、世界に散らばることでしか活路を見い出せないかも。
統制が緩やかなうちに、優秀な人材は、国外脱出でしょうね。

なんという青写真でしょう。(溜息)
自分で書いておきながら、背筋が寒くなります。

>関心を持って異論を唱える方が増えれば良いですが、それを希望でなく現実にするには、そういった先に起こる可能性や問題点を提起するのも重要かもしれませんね。

未来に希望を持つことさえも甘いのかも知れません。
危機感を持って、行動すべきときなのかもしれません。
問題提起という段階ではないのかも。
もう、怒涛の大波は止められない勢いで動き出している気がします。
対岸に避難して…
流れの(ずっと)先を工作するしか無いかもしれませんね。

「草莽崛起」
風雲急を告げているのかも。
ヤバイです。

投稿: 元気 | 2008年7月30日 (水) 20時48分

元気様、コメントありがとうございます。

>引っ張ろうとしているのかさえ疑問です。
>私には、日本を差し出しているように思えてならないからです。

まぁだからこそ、『優秀な留学生』と『』付きなんですけどね。
次行でも書きましたが『果たしてそれがどこからの要望で、本当に『優秀』かは知りません』ってなもんです。

確かに技術漏洩は問題ですね。
加えて中国などには特許を遵守する気構えとか、そういったものがすっぱり欠如してますから。
むしろ中国留学生シャットダウンしてくんねぇかなとか思う今日この頃です。


>未来に希望を持つことさえも甘いのかも知れません。
>危機感を持って、行動すべきときなのかもしれません。
>問題提起という段階ではないのかも。

これに関しては、むしろ未来に希望を持つために現在に危機感を持つ、そのために問題提起すべきかと考えています。
結局のところ今現在で『将来的にどうなる』ということを理解していないからこそ、諸処の問題に無関心なのであろうと思います。

例えば『人権擁護法案』なるものが将来的に及ぼす危機的影響を、さてどれほどの方が説明できるかという話です。
普段からそういった情報をウェブなどで目にしている方ならその危機感も理解していますでしょうが、では一般にもそれだけ知られているかといえば答えはノーです。
となれば基準は今現在であり、今現在で何も問題が起こっていない(実行されていないから当たり前なんですが)から、この問題に関して無関心。
むしろ『人権擁護なんて付いてるからいいんじゃね?』と、善人ぶって、よく分からずヒダリっぱの署名活動に賛同してしまう、なんてこともあるわけです。

しかしこういったことと申しますのは、知識によって改善されます。
『今これをしたら将来お前死んじまうよ?』と言われ、それでもなお突き進む人間というのは極めて稀です。
ならばその物事がその人にとって将来どういった影響を及ぼすかを知らせれば、その場で極端に賛成ないし反対はしないものの、それについて考えようとはするはずです。
だからこそ今現在で危機感を持ち、知らない方に問題提起をすることは極めて重要なのだと考えます。

未来に希望を持つことを、私は悪いことだとは思いません。
ただ、ボケーッと誰かが未来をバラ色にしてくれるのを待っていてはいけません。
未来に希望を持つために、今現在何をするのか、という話であります。

そういった意味でまさに風雲急を告げています。
幸い日本は民主国家。
国政の最終的な決定権は参政権を持つ国民が握っています。
一人でも多くの方の意識を呼び起こし、本当に日本の為を思っている政治家を国政の場へ送る。
私も微力ながらその手助けができればと思っております。

投稿: 東雲一葉 | 2008年7月31日 (木) 18時36分

知識(知ること)という照明を照らせば照らすほど…
反比例するように、心は暗く沈みます。
それほど、陰謀と私利私欲、悪意が渦巻いているということです。

調べれば調べるほど、根は深く、軌道修正は絶望的です。
今までにも、色々な素晴らしい方々がいらっしゃったはずです。
色々なことを調べ、危険や陰謀を回避しようと尽力されたはずです。
なのに、今の状況をまねいているということ、重く受け止めねばなりません。

先の大戦で日本は敗れました。
それは、技術や資源の乏しい小国が大国に屈したのでした。
戦争をすれば敗れることは、誰の目にも明らかだったはずです。
我が子を我が夫を肉親を送り出さねばならない苦痛。
けれども、日本を守るため、活路を見い出すために、他の道が無いまでに追い込まれての開戦でした。
そして、泥沼化する戦線と原爆投下。
GHQ統制下の日本、日本国憲法の前文、サンフランシスコ条約、安保、沖縄返還…
折々に、色んな人々が真剣に(波を押しとどめようと)係わって来たはずです。
けれども、大戦が止められなかったように、時代の波は止められず、今、その頂点にいるのが福田首相なのです。
福田氏を選んだのは、どんな理由があろうとも日本の選択です。
時代の波が彼を首相に押し上げたのです。
その波を考えるとき、(傀儡政権としての)福田氏そのものの批判よりも、彼を首相に据えた存在を考えずにはいられません。
日本は、亡国への道を辿っているように思います。

先の開戦を止められず、
早期終戦も出来ず、
日本国憲法を発布し、
自衛も自立も出来ない民主主義国。
狩場に過ぎない日本。

226での決起でも大戦への波は止められず、
安倍首相の模索した再生への転機も断たれました。
どこに希望が見い出せますか?
もしも、希望があるなら、福田氏が首相になる前に阻止できたはずです。

私は、もう、日本崩壊の波は止められない気がしています。
行き着くトコロまで行かねば、何も変らないのかも知れません。
希望は、崩壊後にしか、その再生を信じるしかないのかもしれません。

多くの血と涙と気の遠くなるような時間を経ないと再生は難しいでしょう。
辛くて厳しい覚悟をせねばならないようです。
それは、日本国民、すべてが、です。

楽天的に考えたいのですが… 
冷静になればなるほど、知れば知るほど、現実は深刻だと思います。

投稿: 元気 | 2008年7月31日 (木) 23時45分

元気様、コメントありがとうございます。

ただ、申し訳ありませんが、本コメントに関しましては賛同いたしかねます。

失礼ながら元気様の仰います『知識』は、単に歴史を紐解いたもののように感じられます。
歴史を学ぶことも確かに重要でありますが、しかし未来を考慮する上では過去に加えて現在が極めて重要なファクターとなります。

『色々なことを調べ、危険や陰謀を回避しようと尽力された』方がいた、しかし『今の状況をまねいている』、ではその理由はなんなのか、ということを考えなければなりません。
例えば私がここで『人権擁護法案反対!』『外国人参政権反対!』と叫んでみたところで、いくらかの方は賛同してくれるでしょうが、大勢が変わるかといえば答えは否です。
何故かと問われれば、それは私にそれだけのことができる権限ないし大勢を変えるだけの人数がないからです。
結局個人がいくら頑張ったところで国家的事項を変えられるわけもなく、それにはそれだけの権限と人数が必要です。
そして例え首相であろうと大統領であろうと、民主主義国家においてはその『人数』を確保できなければ大勢を変えることは困難です。

ここで問題は『無党派層』という根無し草が多く存在することです。
別に政党に限ったことではありませんし、また『この政党を支持する』でなく『この政策を支持する』という観点で複数党に投票する、という無党派層なら問題ありません。
むしろ政策主体で決められるほど調べていることは賞賛に値します。
ただ問題は、『よく分からんから無党派層』『無党派層って響き、なんか格好良くね?』という中二病を患った『無党派層』が多くいることです。
こういった『無党派層』はちょいと突付けば左へ右へところころ転がります。

安倍前首相の時がまさにそれでした。
私は『坊ちゃんだがやることはやる首相(テロ特措法除く)』と認識しておりましたが、マスコミはそういった功績をほとんど報じず、汚点のみピックアップしたネガティブキャンペーンを展開しておりました。
それに押されてコロコロ転がり、『お~し~お~き~だ~べ~』と民主に投票したのが先の参院選です。
民主の実態、連中がやろうとしていることを知っていれば『お仕置き』で投票できるわけがないのですが、そこが『無党派層』の本領発揮でしょう。

『知らぬ者』というのは感化されやすく、また騙したい人間にとって彼らはこの上ない『カモ』であります。
一部マスコミもこれをもってして洗脳を行ってきた経緯があります。
『よくは知らん! そう聞いた!』と叫びながら尖兵と化す彼らほど、そういったマスコミにとって都合のいいものはありません。

しかし最近になって、それが変化してきていることも事実です。
かつて知識といえば、書籍や新聞から得るしかありませんでした。
それらは敷居が高い上、編集方針によって作られているものですから、知識を得ようとするものはある程度偏った知識しか得られません。
その傾きを直そうとすれば膨大な一次資料を精査、読解することが必要となり、それには多大な労力が必要でした。
しかし現在ではインターネットがあり、そこには情報がオープンにばら撒かれています。
その情報は玉石混淆、正誤だって分かりゃしませんから、まさに『ばら撒き』なのですが、しかしあらゆる視点から情報を集めようとした時に、多大な威力を発揮します。
マスコミによって統制されていた情報が、何の苦もなく手に入るようになったのです。

過去との相違とはすなわちここでありまして、例えばこれがなければ、あの毎日新聞卑猥記事の件があそこまで大きくならなかったかも知れません。
(当初毎日はあの件を握りつぶそうとしていたようです)

もちろんインターネットによる弊害もあります。
また、情報を集める有効な手段として定着しているかといえば、まだ『どうだろう』と答えざるを得ません。
いかんせんインターネットが日本で一般化して、まだ十年余りですから。
(加えて『調べよう』と思うユーザが少ないことも問題ですが)

ただ、もはやかつてのように、マスコミなど一部の誰かが情報を統制できるような状態でないことは明らかです。
(中国のようにネットに規制かければ別ですが)
渦巻く陰謀と私利私欲、悪意なんていうものも、どこかしらからひょっこり現れるようになってきており、だからこそ政治家やマスコミがインターネットに戦々恐々としているわけです。

人が物事を知るときには、最低三つのものが必要となります。
一つは知ろうとする物事、まぁ当たり前なんですが。
一つはそれについての情報、インターネットもこれに当たります。
そしてもう一つは『知ろうとする意欲』、つまりは学習意欲というやつです。
私も十年ほど塾で教鞭を握ってましたが、これを持たない奴が物事を理解することなどありえません。
まして一般社会では『勉強しろ』と口うるさく言う親や教師はいないもので、この学習意欲が知識を得るための重要なファクターとなります。
これこそが前回までのコメントにありました『無関心』と関係するファクターであり、今現在問題となっている部分です。

これは極めて難しい問題です。
学習意欲を持たせることは教育学における命題の一つです。
楽天的になどなれようはずもありません。

ですが、これの改善によって日本を再生できると言うことを楽天的とも思えません。
技術、作業的には困難を極めますが、しかしメソッドとしてはそれほど深刻な話ではないのです。
要は一人一人が学習意欲を持ち、知識を習得し、自分たち、日本人にとって何が一番好ましいかを考える、それだけです。
血も涙も流す必要なんかありません。
まぁ教える側は血も汗も涙も胃液も流すかもしれませんが。

例えばなんですが、実際のところ、かの大戦も結末については綱渡りのようだったことをご存知ですか?
元気様は『技術や資源の乏しい小国が大国に屈した』と書いておられるようですが、開戦当時日本は大国であり、技術に関してはアメリカと同等以上でしたよ。
少なくとも武蔵や大和を開発する程度の技術を、アメリカは持ってはいませんでした。
資源に乏しかったことは確かですが、短期決戦として考えれば日本はアメリカと互角にやりあえたもので、だからこそ当時の連合艦隊司令長官山本五十六は真珠湾奇襲攻撃にこだわったわけです。
もし真珠湾攻撃をアメリカが事前に知らなかったら、ガダルカナルで46センチ三式弾が完成していたら、そもそも資源不足に関しても占領下の中国大陸および東シナ海で油田か確認されていたら。
これらはただのイフであり、歴史にイフはありませんが、しかしこれらによって大戦の行方は分からないものになっていたといわれています。
今でこそ決定事項ですが、しかし当時にしてみればそんな危うい綱渡りだったんです。

過去は決まっています。
しかし現在はヤジロベーの如く、未来は不確定です。
波なんてありません。
未来を決めるのは結局人です。
だからこそ大勢を変えるには、そのヤジロベーをちょいと突付いてやればいい。
しかしそのヤジロベーはとてつもなく大きなもので、多くの方の手を借りなければ、突付くことすらままなりません。
そして、突付く手を持ちつつも『よく分かんね』と、その手で鼻をほじってる連中が問題なのです。
その手を引き抜き、鼻くそを拭い、ヤジロベーを押させることこそ、今の日本にとって重要なことであり、これに対して個人ができることと言えば、情報の提供と啓発に他ならないと、そう思うわけでございます。

投稿: 東雲一葉 | 2008年8月 1日 (金) 12時52分

こんばんは、東雲さん。

>ただ、申し訳ありませんが、本コメントに関しましては賛同いたしかねます。

申し訳ありませんなんてこと、ありません。
コメントに賛同などしないで、どんどん(笑)批判なさって下さい。
知ったつもりが一番良くないです。(恥)

竹島に対する対応に、落ち込んでます。
7/31読売夕刊の一面記事でしたが、本日の読売は、内閣改造一色。
竹島は、もう、触れないことにでもしたのでしょうか。
なんだかなぁ… です。
忘れっぽい私ですら忘れていないのに…
忘れる以前、無関心、どうでも良いということなのでしょうかね。
拉致も毒餃子もどこに行ったやら…
怒涛の(世紀の?)イベント、オリンピック一色に染めるつもり(誘導するつもり?)なのかも知れません。

>(お仕置きとばかりに)民主に投票したのが先の参院選…

次に控える解散総選挙でも同じかもしれません。
何も変ったように思えないところが… 恐いトコロです。
本日の「報道ステーション」の見出しは、
「暮らし本位で改造採点 総理…国民を安心させてください」です。
他の番組では、(改造さえも)あまり取り上げてもいない風で…
改造(福田内閣)に期待もしていなければ、既に関心が無いのかも知れません。
(視聴率が取れないということ?)
今の生活という目先しか見ない有権者。
それは、韓流のドラマを見るようです。
目先のこと、今の気持ちとか生活にしか関心がない。
近視眼的な思考のレッスン強化番組みたいです。

>勢を変えるには、そのヤジロベーをちょいと突付いてやればいい

ヤジロベーは、揺れているからヤジロベーなんです。
突いたら… バランスをとろうとして揺れて… 下手すると落ちてしまうかも。
選挙に行かないという選択肢(離脱)が増えるだけかも知れませんよ。
そうなれば、まさに、公明党や民主党の思うツボです。
無関心や無投票は、大勢に準じるということだからです。

歴史にイフを考えるのは楽しみの一種です。
将来に活かせとしても、現実の政治を動かすのは難しいです。

>血も涙も流す必要なんかありません

流さずに、目が覚めることがありますか?
チベットやウイグルではどうなのでしょう。
痛い目、恐い目に遭わないと、懲りないです。

>やることはやる首相(テロ特措法除く)』と認識しておりましたが

色々と記事に(コメント)する必要がありそうです。
また、のちほど… ていうか、眠い。寝ます!
これ以上は、頭をスッキリさせて書いた方が良さげです。


投稿: 元気 | 2008年8月 2日 (土) 00時18分

こんばんは。

色々と書きたいことがあります。
自分のブログでも少しずつでも書き進めていきたいです。

さて、東雲さんも忙しそうですね。
お互いに、日本が良い国になるように、
転んだら立ち上がり、後ろを振り返りながらも前を向いて、しっかりと、周りも見ながら… 
書いていきたいと思います。

>個人ができることと言えば、情報の提供と啓発に他ならないと…

そんな大それたことでなくても(笑)、自己啓発のために、勉強をせねば… 
目先のことだけ考えて行動するのでは、きっと、大人として恥ずかしいことなのですよね。

投稿: 元気 | 2008年8月 5日 (火) 00時06分

元気様、コメントありがとうございます。
返信が滞りましてすみません。

さて、頂きましたコメントに関してですが、竹島の問題はじめ中国、半島との諸問題については本当に心に留め置かなければならないものと思います。
とかくニュースは常に新しい話題を、となりがちですから、それを元にブログを組み立てると、どうしてもそういう問題が埋まりがち。
その辺り留意せねばと思う次第です。

次期衆院選の投票先に関しましては、まぁ報ステはアレですんでどうかと思いますが、それでも相変わらず『自民がダメだから民主』って人が多いみたいですね。
もっと民主の旧社会党勢力やら外国人参政権やら沖縄ヴィジョンやら取り上げなきゃダメでしょうか。
テレビやなんかがもっと危機感を持って取り上げてくれればいいんですが……やらねぇだろうなぁ。
何せ人権擁護法案すらまともに報じないくらいだもんなぁ。
いっそブログに娯楽性と融合させて取り上げてやろうかと思っていたりもします。(マンガとか……時間が取れるか分かりませんが……)

ヤジロベーの話は、まぁ例ではありますが、しかし今現在、何故かこれを倒すように突っついている勢力があると考えれば、突っつき返す必要があるのはご理解いただけるかと。
むしろそれでいい方に転がってくれるのなら有り難いばかりですが。

ぶっちゃけますと東雲は最終的に、選挙に行かないという選択肢が増えてもいいと思うんですよ。
信任できない人間ないし政党に入れる道理なんてありません。
ただ、それが熟慮を重ねた結果であればいいのですが、問題はろくに考えず、流れで、または『なんとなくかっこ良くね?』なんていう中二病的な思考でこれを選ぶというところにあります。
前コメにも書きましたが、『知らぬ者』ほど感化しやすく、また騙しやすい人間はないのです。
そういった連中に『自民がダメだから民主』なんてやられたらたまらない、以前『無党派層は寝ててくれたらいい』と失言した政治家がおりましたが、しかし別の意味で東雲も、いっそ寝ててくれたらいいと思ったりするのです。

無投票は必ずしもそうとはいえませんが、無関心は仰る通り大勢に準じます。
そしてそういった状況で少数の思考的無投票は大勢に流されるのも事実です。
ならばまずは無関心な輩の顔をこっちに向かせることから始めなければなりません。

ただそれに対して血と涙が必要かと問われれば、それにはやはり否と答えさせていただきます。
確かに今現在も、チベットやウイグルは中国の圧政に晒され、その変革のために多くの方の血が流れています。
それは憂慮すべき事態であり、国際世論がこれに対してより一層圧力をかける必要があるとは思います。

しかし日本においてその例が本当に妥当であるとは、私には思えません。
そもそも血なまぐさい変革が起こる要件と言いますのは意外と絞られるものでして、そもそもその血なまぐさい変革を手段として選択しているか、あるいは強権的に圧迫されているかのどちらかです。

前者はそも邪魔者を排除するための行動であり、まぁ共産勢力なんかがこれに該当しているわけですが、しかし当然ながらこれには多大なリスクがあり、主権が国民にある我が国においてそういった必要性があるかは疑問です。
本当にその気なら、体制にいる政治家を落選させてしまえばいいんですから。
……それも無関心者が多い状況ではちと問題もあるんですが、まぁそういった連中が武力行使して体制を崩壊させようとはまず思いませんね。

チベットやウイグルは後者に当てはまりますが、これは主権が政府(共産党)にあり、国民にとって左右されないがゆえのことでありまして、日本のケースとは著しく異なります。
これをもってして日本の例にはなりえません。

確かに中国などではそのシステム上、体制そのものを実力行使で排除しなければなりませんが、日本においてはシステムに変更がない限り、意識の変革でその先を変えることが出来ます。
そのための『情報』であり、そう考えると実はそれは、軍事以上に恐ろしいものなのであります。
『ペンは剣より強し』なんて言いますが、まさにそのとおりであり、日本のような民主国家では核以上の武器になりますし、凶器にもなりえます。

もう一度申し上げますが、日本においては変革に血を流す必要などありません。
しかしその変革に使う『情報』は、血の一滴も流さずに人を殺すこともあるということを、それだけの強力な武器であることを心に留めておかなければなりません。
そして怪しい『情報』に切り付けられないためにも、正しい『情報』で武装する必要があるのです。

最後に啓発に関してですが、自己啓発、自己学習で十分良いのではと思います。
私だって偉そうなこと書いてるかもしれませんが、結局のところ自分の考えを書き散らし、どこまで認識しているかを確認し、足りないところを勉強している、そんな具合です。
しかしそれを他者に公開することで、閲覧者の方はそれについて肯定ないし否定的思考を持ちます。
そこまで行かずとも、その物事について考えるようになります。
つまり目的が最初から他者の啓発であれ、自己啓発であれ、公開することで自ずと他者を啓発することになるんです。
……まぁ、閲覧者の方によっては右から左に流れていく方もいるかもしれませんが。

しかし意見を提示するというのはやっぱり重要だと思いますよ。

投稿: 東雲一葉 | 2008年8月 5日 (火) 15時06分

こんにちは。暑いですね。
お忙しそうですね。お疲れ様です。

あまり悲観的になるタイプの人間では無いのですが、
色々と調べていて、人間の欲深さ周到さ卑劣さと暑さに(笑)メマイがしそうです。
しっかり大地を踏みしめて、よく見て、知って、行動せねばならないと思っています。
(櫻井氏ではないですが、勁くならないといけません)

阿比留氏のブログで、
「私心無く優れたリーダーシップをもった政治家がある日突然現れるということはありえませんから、時間をかけて国民・有権者の側が素質ある見込みある政治家を支持・支援し、自ら育て、守るという姿勢・行動が何より大切だと思います。100%完璧な人間などいるわけにはないのに、現実には、小さな考えの違いや手法の違いにこだわり、本来はもっと育てて働いてもらうべき大切な政治家の足を引っ張るような人が多いのですが…。 」
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/665487/(2008/08/03 09:04)

と、書かれています。
阿比留氏がおっしゃるように、何度も書かれていることです。
本当に、気が遠くなりそうですが、「突然現われる」ことは無さそうです。
育てるとなると… やはり、(暑さのせいだけでなく)メマイがしそうですが。

オシオキ気分で民主党に投じられること。
一度やってみればと、民主党に投じること。
それは、期待どころか懸念を持って迎えた福田政権からして、この結果なのですから…
メマイどころか、目の前が真っ暗になりそうな恐怖です。
麻生氏がナチスと例えて怒りを買ったようですが…
私は、ナチスに失礼かと… 少なくても根底にあったのは国を売る行為や私利私欲では無かったはずですから。
熱狂的な人気で迎えられたヒットラーと小沢氏では… (笑)
もちろん、ヒットラーは嫌いですが、それは、敗戦国ゆえの批判かもしれません。
(ユダヤ人の虐殺については… ここでは、あえて触れません。論外に認められないことだからです)

私は、革命家ではありませんし、革命家にはなりえないと思います。
命を賭けてテロ行為など、そんなモノで日本は変らないと考えています。
(226も三島も何ら変えることが出来ませんでしたよね)

「痛い目、恐い目に遭わないと、懲りない」
と、書きました。
それが、血や涙を流すという意味です。
将来に夢が描けず自殺される方、さらに増えるかもしれません。
働いても楽にならない低所得層の日本人の暮らし。
なのに、年金、保険、税金と、徴収はマッタナシです。
外国人でも(だからこそ?)生活保護を受けることに抵抗も垣根も無いのかもしれませんが、それらのお金は血税といわれるお金から出ているのです。
血税です。血が流れるという意味です。

まずは、
歴史を知るところから始めねば、
歴史の捏造とウソから脱却せねばなりません。
それから、人を育てる。(溜息)

気が遠くなりそうな遠い道ですが、歩むしかないと考えています。
ですが、それが、戦後レジームからの脱却です。


投稿: 元気 | 2008年8月 5日 (火) 17時47分

元気様、コメントありがとうございます。

>本当に、気が遠くなりそうですが、「突然現われる」ことは無さそうです。
>育てるとなると… やはり、(暑さのせいだけでなく)メマイがしそうですが。

もっともなお話でありまして、以前から申し上げておりますような情報の提供や啓発がこれでございます。

阿比留氏のお言葉をお借りすれば、優れた政治家は国民・有権者が育てるということになりますが、そも国民・有権者が優れていなくては優れた政治家が育とうはずもありません。そして『私心無く優れたリーダーシップをもった政治家』だけでなく『優れた有権者』も、やはり突発的に出てくるものではありませんで、こちらにも育成、教育が必要です。
私も教育を専らとしておりましたが、その厳しさは重々承知しておりまして、だからこそ以前のコメントで『まぁ教える側は血も汗も涙も胃液も流すかもしれませんが』などと書いたわけです。
冗談風味に聞こえるかもしれませんが、むしろその程度ですめばいいなとすら思える東雲です。

>熱狂的な人気で迎えられたヒットラーと小沢氏では… (笑)

まぁカリスマ性に天と地ほどの差がありますね(笑)
その辺り、ちょっとブログでも書きますが。
加えてヒトラーは異常なほどの愛国者、民族主義者でありましたが、オザーはむしろ売国勢力と組んで沖縄ヴィジョンやら闇法案やら展開しているわけですから、一緒にするだけヒトラーに失礼ってもんです。
まぁ、ホロコーストは明確な犯罪であるわけで、それを非難されるのは当然でありますが。
(ちなみに原爆も明確な犯罪なんですが、いまだアメリカは裁かれてませんね)

>血税です。血が流れるという意味です。

これは失礼を。
2・26やチベット、ウイグルの例が出てましたので、物理的な意味かと。
しかし、もしそういう意味であるのなら、失礼な物言いとは承知していますが、チベット、ウイグルと並べるのはいささか不謹慎かと存じます。

彼らは抑圧され、弾圧され、いつ殺されるかも分からない、また人として扱ってももらえない、そんな恐怖と苦痛の中で、何とかそれを変えようと立ち上がった方々です。

もちろん国内で苦労してる方、自殺を考えている方、そういった方々に対する救済措置を考えることは急務であり、それを軽視するつもりはさらさらありません。

しかしそれとこれとは本質的に話が違います。

正直に申し上げれば、私は自殺を最も卑怯な死に方だと考えております。
例え逼迫したとしても生活保護、自己破産などの手段があり、最悪ホームレスになっても生きられます。
もちろんそういったことを未然に防ぐ必要があり、また保障される『最低水準』の水準をもう少し上げるべきとは思いますが、しかし彼らのように他者に殺害される恐怖はないんです。
然るに自ら命を絶つとは、必死に生きようとしている方々に対する最大の侮辱に他なりません。

話は逸れましたが、これらは本質的に異なる問題であり、例としてあげるには少々不適切ではないかと愚考いたします。

>まずは、
>歴史を知るところから始めねば、
>歴史の捏造とウソから脱却せねばなりません。
>それから、人を育てる。(溜息)

>気が遠くなりそうな遠い道ですが、歩むしかないと考えています。
>ですが、それが、戦後レジームからの脱却です。

そのためにもまず日教組を何とかしたいところですね。
弱体化しているのは確かですが、根絶までの道は厳しそうです。
昨今竹島などで歴史に対する関心が上がってきているようですから、ここらで正史を教育する機会ができれば、かなり違ってくるんですが、ね。

投稿: 東雲一葉 | 2008年8月 6日 (水) 14時37分

>もしそういう意味であるのなら、失礼な物言いとは承知していますが、チベット、ウイグルと並べるのはいささか不謹慎かと存じます。

いいえ、(私個人に関しては)失礼などありません。どんどんおっしゃって下さい。
相手に対して尊敬の心を忘れなければ、礼を逸することにはならないと考えています。
お互いに、言葉を尽くして、見識を深めましょう。
どんどんと、間違いや誤解は正していきましょう。

こちらで、あまり長々と書くのもと思いましたが(十分長々となっております、お許しを!)、
言葉足りずの部分、私の配慮不足、ございました。

>>(血や涙を)流さずに、目が覚めることがありますか?
 チベットやウイグルではどうなのでしょう。
 痛い目、恐い目に遭わないと、懲りないです。

の、部分ですよね。
少しだけ説明させて下さい。

(http://adolf45d.client.jp/kousyoujyouka.html)より引用
漢民族は1950年ごろ、ウィグル自治区に漢族を大量に入植。当初人口7パーセントだった漢族が91年には40パーセントになり、ウィグルでの最多民族は漢族になってしまった。民族格差が激しく、漢族は裕福だが、他は大変貧しい。中共は軍を背景に絶対独立を許さないかまえである。
 チベットは第二世界大戦後、人民解放軍の侵略を受け、中国の一部として平定されてしまう。1950年代後半には人民解放軍による宗教弾圧が激しくなり、抵抗運動が高まる。武力衝突することもしばしばで、その度に虐殺が行われた。民族浄化は進行中である。中国は漢化政策の名のもとに、チベットの文化、伝統、宗教を徹底的に弾圧している。チベット語を禁止し、ペキン語を推奨する、チベット僧を政治犯の名のもとに拷問、虐殺を今も続けている。人権問題などではなく、民族浄化なのだと認識する必要がある。

-----------------------

日本に(ウイグルやチベットと)同じ手(侵攻、粛清、虐殺)は使えませんよね。
だからこそ、移民や(戦時中の)償いのカタチで深く静かに日本に干渉(侵略?)しているのだと思います。
抵抗出来ないように、骨抜きにしようとしているのだと思います。
一般大衆にとっては、ウイグルやチベットはもちろん、拉致までもが、まるで他人事のようで… 危機感が薄いようです。
無知というより、(面倒なことは)知ろうとしていない気すらします。
さて、知ろうとしない者をどうやって、知らしめることが出来ますか?

(米中が)国益のためなら、日本など、どうにでも転がされる可能性を否定出来ないところが(日本人として)笑えないところです。
一般大衆の目にも(米中の不当性が)明らかな状況となったとき、事態は後戻り出来ないくらいに深刻になっているかも知れません。
だとしたら、そうなったときには、(美しい日本のカタチにするために)長い年月と血の滲むような苦難が待ち受けていると思います。

私は、機が熟さねば改革は出来ないとも考えています。
大衆の意識が変らねば(機が熟さねば)、日本は変らないと考えています。
ブログがどれほどの力を持つのか、未知数です。
ですが、今のブログのランキングを見る限りでは機が熟すまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
ですから、「痛い思い」をしなければ、日本人は目を覚まさない気がしています。
その痛い思いが、血と涙を流すという意味です。
けっして、血の粛清の意味だけではありません。
「チベットやウイグルではどうなのでしょう」とは、
チベット、ウイグルの人々が置かれている状況を未来の日本と引き付けて考えることが必要という意味で書きました。

>彼らは抑圧され、弾圧され、いつ殺されるかも分からない、また人として扱ってももらえない、そんな恐怖と苦痛の中で、何とかそれを変えようと立ち上がった方々です。

それは、けっして他人事ではないと存じます。
日本に移民が1000万人も入ってくれば…
民族浄化は日本でも進んでいくことでしょう。
チベット、ウイグルの人々全てが立ち上がった(抵抗している)ワケではありません。
そして、立ち上がった方だけが、血や涙を流しているわけではありません。
亡命された方々、抵抗せずひたすら耐えていらっしゃる方々、同化する道を選ばれている方々もいらっしゃいます。
みな、人知れずとも、血や涙を流されていると思います。
想像を絶するような痛い思いをされていると存じます。

そういう現実を(日本に引き付けて)見るべきだという意味で(ウイグル、チベット)書きました。
ですが、並べて書くことで、不謹慎に感じられたこと。
お詫びしたいと思います。


投稿: 元気 | 2008年8月 6日 (水) 23時00分

>正直に申し上げれば、私は自殺を最も卑怯な死に方だと考えております。

私の考えを、少し書いておこうと思います。

他人に対する抗議の意味での自殺もあり、
自分を苦しみから解放するための自殺もあります。

卑怯かどうかを判断するのは、(当事者以外という意味で)他人です。
ただ、死者に鞭打つ行為(死者を批判する行為)は、基本的に慎むべきだと… 考えています。

日本には、切腹という責任の取り方がありました。(URL参照)
そういえば、余談ながら、即身仏もありますね。

私ごとでは、(長年の)友人(女性)を一人、自殺で無くしています。
私は、彼女の死について、卑怯だとは思いませんでした。
とてつもなく、哀しい選択であり、残された家族の悲しみは想像を絶するものであると思いますが…
私は、自分の無力さを思い知りましたが、彼女を卑怯だとは思えませんでした。
彼女は、これで苦しみから解放されたのだと… 思いました。
彼女を苦しめる(批判する)権利は、(他人の)私には(生前も死後も)無いと考えています。

いずれは、私も死にます。
死後の世界があるとすれば、残念に思った私の気持ちを話し、私に語らなかった彼女の苦しみを聞きたいと思います。
彼女の死を、私は、無駄にしないつもりです。

投稿: 元気 | 2008年8月 6日 (水) 23時31分

元気様、コメントを幾度となく頂きましてありがとうございます。
勉強させて頂いております。

>チベット、ウイグルの人々が置かれている状況を未来の日本と引き付けて考えることが必要という意味で書きました。

なるほど、これでありましたら私の誤解でありました。
ここにお詫び申し上げます。

私も現在の闇法案や移民政策、沖縄ビジョン、その先の中国日本省を危惧する一人でありまして、そうなれば現在のチベットやウイグルと同じ状況、むしろ反日感情を徹底的に刷り込む中国ですから、それ以上の悪夢が実現するだろうと考えている一人であります。
無防備宣言に関しても過去に占領後の粛清等危惧について書いておりますが、これをないという輩ほど信用できないものもありません。

先のコメントにも書きましたが、『今これをしたら将来お前死んじまうよ?』と言われ、それでもなお突き進む人間というのは極めて稀でありまして、チベット、ウイグルの話は確かにそれを推測させる事象でございます。

ただ『一般大衆の目にも(米中の不当性が)明らかな状況となったとき、事態は後戻り出来ないくらいに深刻になっている』と、これまた仰るとおりでありまして、血や涙を流してからではもはや手遅れでございます。
もしかしたらそこから脱することもあるかもしれませんが、それこそ今のチベットやウイグルの現状を見れば、それに恐ろしいほどの時間をかけなければならないこともご理解いただけるかと思います。
いや、ご理解されているのでしょうが、しかしだとしたらなおさら『血と涙を流してから』では遅いわけで、『血と涙を流さないと気付かない』と思うのではなく、『血と涙を流す前に気付かせなければならない』と思うことが肝要ではないかと思う次第です。

>正直に申し上げれば、私は自殺を最も卑怯な死に方だと考えております。

確かに私も死者を冒涜するのはいかがかと思います。
ただ、死者なら誰でも無条件にスルーする、というつもりもございません。
死ぬことによって罪を働くというなら、それはすなわち犯罪であり、死者でありますが犯罪者でもあるわけです。
私は過去に硫化水素自殺に関する記事で自殺者を非難しておりますが、これもまたそのスタンスに由来するものであります。

そもそも自殺と申しますのは、言葉が悪いかもしれませんが『死に逃げ』です。
本人は確かに苦しみから逃れるために自らの命を絶つのでしょうが、しかしそれは極めて安易で、また周囲に多大な悪影響を及ぼします。

親、伴侶、また近しい人が自殺者を目の当たりにしたとき、彼らは一体何を思うでしょうか。
悲しみ、もちろんそれもあるでしょうが、果たしてそれだけでしょうか。

元気様はご友人を自殺で亡くされた時、『自分が殺してしまった』とは思われませんでしたか?
『もしかしたら何とか止められたかもしれない』『あの時あれに気付いていれば』と、慙愧の念に駆られたことはありませんか?
ことさら親や伴侶においてはそういった傾向が顕著でありまして、それは一生涯、楔として心に打ち付けられます。

また親族ではありませんが、教師などもそういった慙愧の念からPTSDに苛まれるケースもあります。
私は生徒を自殺させたことはありませんが、しかしリストカットによる自傷行為を行っていた生徒を受け持ったことがあります。
所詮塾の講師であり、生活指導までやっているわけではありませんでしたが、しかしそれでも『教え方が悪いのか?』『どこまできつくやっても大丈夫か?』『ここでこうしたら、まさか自殺したりするまいな?』と不安続きの日々でした。
幸いその生徒は明るい(時々『落ち着く』などの理由でリスカする方もおります。その生徒もそういったケースでした)生徒で、自殺するようなことはありませんでしたが、しかしもしその生徒が自殺などしていたら、すぐさま辞表を提出し、二度と教育に関わろうなんて思わなかったっと思います。
そして今でもその『加害意識』に苛まれていたことでしょう。
未だその生徒を思い起こすと『あれは明るく振舞ってただけじゃないか?』『あいつは今もちゃんと元気にやってるだろうか?』と不安になるほどですから。

おおよその日本人は人命の重要性を理解しています。
だからこそ人間の死、それも、自分が関わっているかもしれない死というのは、極めて強いインパクトと弊害をもたらすのです。
そして自殺者に近ければ近いほど、その慙愧を取り除くことは、あるいは可能なのかもしれませんが、困難になっていきます。

そんな『加虐意識』を植え付け、しかし一方で自分は楽になる。
だからこそ私は自殺を『死に逃げ』と揶揄するのです。
『他人に対する抗議の意味での自殺もあり』と申しますが、それこそ『死に逃げ』の最たるものではありませんか?
『抗議したけりゃ口でしろ』と思う私は間違っていますか?

また先のコメントにも書きましたが、必死に生きようとしている方がいる傍らで自ら命を絶つ、その考えもまた卑怯、むしろ傲慢とすら思うわけです。

……もっとも、では自殺者個人を前にしてそれを言ってみろと言われれば、おそらくムリなのでしょうが。
脳内ではそう理解しつつ、しかし感情としてそれが理解できないのです。
だから特定されない『自殺者全般』に『死に逃げ』と揶揄できても、『自殺者個人』もしくは『特定ケース』を目の前にすれば、まずは冥福を祈り、そしてなんだかんだと理由付けしてそれを正当化するんじゃないか、と。
そこまで感情を捨てきることは、私には出来ません。
もちろん、明確に他者に物理的被害を出していれば別ですが。

ちなみに、自殺と切腹、即身仏はまったく別物です。

例えば戦場で首を取られることは武士にとって耐えがたい屈辱でした。
だからこそ腹を切り、自らの亡骸を敵に好きにされないようすることは良くなされました。
死してなお自らの誇りを守るため、むしろ前を向いて自刃していたのです。
加えて近世における刑罰としての切腹は名誉ある死に方の一つでした。
不埒を働いたものは切腹など到底許されなかったのです。
元気様ご自身がブログで取り上げられておりますように、「切腹」は、単なる自殺の手段ではないのです。

即身仏に関しましては、そもそも本質として異なります。
仏教徒の目的は悟りを開くことであり、即身成仏とは現世の肉体のまま悟りを開き仏となる法であります。
ゆえに厳しい修行を行い徳を積んだ高僧でなければ即身成仏は出来ませんでした。
そも『老死』とは仏教において最大の『苦』であり、そこからの解脱でありますれば、むしろ自殺とは真逆であります。

投稿: 東雲一葉 | 2008年8月 8日 (金) 03時09分

東雲さま、こんばんは。
お忙しい中、暑い中、丁寧なコメントをありがとうございます。

>元気様はご友人を自殺で亡くされた時、『自分が殺してしまった』とは思われませんでしたか?

思いましたよ。
でも、そう考えることは失礼(思い上がり)だと思いました。
それは、自分に引き付けた(自分の価値観での)考え方だと恥じています。
遺族に対しても同じです。
彼女の意思を尊重することが、彼女の冥福を祈ることだと考えています。
誰も彼女を苦しみから救うことが出来ず、一時帰宅の後、病院に戻る前夜に、彼女は自宅で首を吊ったのです。
旦那様から死を知らせる連絡を受けたとき、思わず、口にしてしまった言葉。
そのことをこそ、私は、今も恥じています。

自殺出来なくて、人を殺して死刑になろうとした輩の卑劣さは論外で、
人を巻き込んでの自殺(硫化水素自殺、飛び降り等)には憤りを感じますが、
私は、違法でさえなければ、尊厳死を認めたいと考えています。
どんなカタチでも生きていさえいれば… という考え方は、本人と支える側両方(!)に同じだけの覚悟が要ることと考えています。

>ちなみに、自殺と切腹、即身仏はまったく別物です

そうですか?
私は、一緒くたにして考えています。
理屈づけは、いかようにも出来るからです。
人は、弱いものです。
だからこそ、支えあわねばならないのです。
ですが、限界があることも事実です。
直接他人の命を脅かすのでなければ… 同じと考えています。

同じ境遇にあっても、同じ事件に巻き込まれても、同じ言葉を聞いても、人の反応は違います。
反応は、自分の問題であって、他人の問題ではないのです。
自殺によって受ける心的外傷さえも… 自分で折り合いを付けるべきことで、自殺者を非難することは慎むべきだと考えています。

>切腹は名誉ある死に方の一つでした
>例えば戦場で首を取られることは…
>ゆえに厳しい修行を行い徳を積んだ高僧でなければ…

ごめんなさいね。
(衆生を救うため、主君に意見するため、であれ)自己の死に意味を持たせ、自分の満足のために死するという意味では同じです。

と、厳しいことを書きましたが、東雲さまのおっしゃりたいこと。
きっと、私、分かっていると… 思います。
東雲さんの考えは正しいのです。
ただ、世の中は正しいことだけでは無いのです。
自殺される方にとっては、自殺することが唯一の選択で正しいことだと思い込んでいるということです。
死なずに済む選択、自殺を選択しないで済むような選択肢が増えるような世の中にしたいです。
そのための努力を続けることこそ必要だと、
努力ぐらいしか出来ないと…
けれど、(24時間監視することは不可能ですから)阻止は出来ないのだと… 覚悟しています。


投稿: 元気 | 2008年8月 9日 (土) 00時00分

>自殺するようなことはありませんでしたが、しかしもしその生徒が自殺などしていたら、すぐさま辞表を提出し、二度と教育に関わろうなんて思わなかったっと思います。
そして今でもその『加害意識』に苛まれていたことでしょう。
未だその生徒を思い起こすと『あれは明るく振舞ってただけじゃないか?』『あいつは今もちゃんと元気にやってるだろうか?』と不安になるほどですから。


しつこくてごめんなさい。
とっても大事なことだと思うので、書かせて下さい。
教育の現場に携わっていらっしゃる方のご苦労は、本当に大変だと思います。
日々戦いであると思います。
その戦いの中で、生徒が自殺なんてした日には、戦いに敗れたような気になること想像出来ます。
ですが、

>すぐさま辞表を提出し、二度と教育に関わろうなんて思わなかったっと思います

それは、いけません。
それこそ、敵前逃亡じゃないですか。
生徒の死を免罪符にしてはいけません。
同様に、日教組との軋轢もそうです。
教育の現場にいるからこそ戦えることがあるのです。
現場にいなければ… 机上の空論でしかないのです。
過酷であろうとも、敵前(生徒、親、日教組)逃亡してはいけません。
負け戦ばかりではありません。
自分の命が続く限り、戦い続けるしかないのです。
最後に生き残った者だけが笑うのです。勝者たるのです。
自分の気持ちさえ思い通りにならないのに、他人の気持ちが思い通りになるワケないです。
だからこそ、負けたとしても、負け続けることはないと信じて…
最後の瞬間まで、シブトク生き続けるしかないです。
辛いトキを乗り越えた者だけが… 笑うのだと信じています。

ですから、教職についておられる方には、本当に諦めず、逃げ出して欲しくないと願っております。
教職は、聖職なんですから!

政治も世の中も、一夕一朝には変りません。
しぶとく、言い続け、行動し続けた者が勝つのです。きっと。(笑)

投稿: 元気 | 2008年8月 9日 (土) 00時31分

元気様、コメントありがとうございます。

本来なら本コメントにて返答を、と考えたのですが、自殺というテーマは私も学部生の時分からいくらか考えていたものでありまして、欲望と絡めましたその概要をモデリングしたものを元に話を進めておりますゆえ、まずはそのモデルを提示した上でお話した方がよろしいかと存じます。
その為、新規の記事にて改めて自殺というものに関して論じ、切腹や即身成仏も含めまして私の所見を記させていただきたいと思います。
少々お時間を頂くことになるかと思いますが、ご容赦願いたく存じます。

投稿: 東雲一葉 | 2008年8月10日 (日) 02時15分

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