拉致問題 若人は興味ないのか?
媚特ア派の雄であり、『あの』山崎拓の盟友と名高い加藤紘一が『拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだった』とほざいたのが今月七日。
まったくもって厚顔無恥といいますか、人としてどうよってなもんでありますが、そんな発言が拉致被害者家族会、救う会などの反発をあおりまして、三日後の十日には慌てて自サイトで『一部分だけ報じられた』『誤解だ』などと見苦しい弁明(?)をしておるようでございます。
一応東雲も(嫌ではありましたが)そのサイトに目を通し、そこにあった『参考』としてあげられた発言全文も見てみたんですが、結局のところ件の発言は『北朝鮮との約束を守るため、拉致被害者は犠牲になるべきだった』との発言であり、拉致被害者の心情をまったく無視した言動には違いありませんでした。
ちなみに『北朝鮮との約束を守る理由』として加藤は
・拉致という犯罪を犯した北朝鮮から、「日本は約束を守らなかった」などといわれてはならない。日本人の誇りを大切にすべきである。
・北朝鮮が拉致を認めて謝罪したあの時、北朝鮮はアメリカの攻撃を恐れていた。だからこそ、一気呵成に交渉を進めて、拉致問題の全面解決を図るべきだった。しかるに、北朝鮮に「日本は約束を破った」という不信感と口実を与え、その後の交渉が途絶える一因を作ったと考える。
だなんてほざいてますが、つまり普段は考えてもいない『日本の誇り』とやらのために拉致被害者は犠牲になるべし、と言ってるわけでございます。
まぁですね、確かに誇りは大事だと思いますよ?
いかんせん昨今では日本人であるにも拘らず日本に誇りを持てない輩が数多くおりますから。
しかしですね、我が国国民を犠牲にしてまで主張する誇りってなんですか?
発言最後に『おー、日本もやるじゃないかと、世界に思ってもらえたと思う』なんてほざいてますが、自国民を見殺しにするような国のことを、果たして世界は『やるじゃないか』なんて思いますか?
んなわきゃない。
加えて『返したら平壌は(拉致被害者を)殺してしまうという説』があったことに対して『そこが(安倍氏と福田の)外交感覚の差。そんなことができるわけがない。』なんて馬鹿言ってますが、連中は死亡診断書をも捏造(北朝鮮自身が認めています)して拉致被害者を『殺して』るんですよ?
生命活動的に『殺す』かは知りませんが、監禁、監視、あるいは言動の強制などして対外的に『殺す』に決まってるじゃありませんか。
それで『外交感覚の差』? 笑わせちゃいけません。
ちょっとでも『外交感覚』なるものを持っていれば、『北と渡り合うときには常識なんぞ通用しない』なんてすぐに分かる話ですよ。
だいたい本当に『外交感覚』とやらがあれば、『「日本は約束を破った」という不信感と口実を与え、その後の交渉が途絶える一因を作った』なんて妄言吐けやしないと思いますよ。
連中は嘘をつき、イチャモンをつけるのが常の北朝鮮。
拉致被害者の方を帰そうが帰すまいが、なんだかんだで拉致問題交渉なんてするわけ無いじゃないですか。
つか現時点で既に『約束を破った』ではなく『拉致は解決済み』とか言ってるんですよ。
『再調査する』とか言ってますが、『やっぱり何にもなかったニダ』言うの明白じゃないですか。
そんな国相手に『その後の交渉』ってどんだけおめでたいんですか。
それともその交渉とやらは『日朝正常化交渉』であって、そのときに得られたはずの賠償金キックバックが得られない、キーッ悔しい! ってなことですか?
それなら途絶えて正解ですよ、えぇ。
……と、そんな老害、加藤についてガシガシ書いてみましたが、実は本記事でのメインはこのジジイでなく他にあったりいたします。
……長ぇ前フリ。
さて、そんなわけで本題ですが、本日東雲、ちょいと所用で渋谷まで出張っておりました。
まぁ実験道具を買いに東急ハンズまで行っていたわけなんですが、かの有名なハチ公前にてなにやら街宣が叫んでおります。
なんだろうと思って近寄ってみると、『拉致被害者奪還!青い風船の会』・『拉致問題を考える草○全国地方議員の会(○は字が出てきませんorz)』・『誇りある日本をつくる会』共催の『加藤紘一ふざけんな街宣』でありました。
チャンネル桜のボランティアの方々も交え、『加藤紘一けしからん!』『拉致被害者の心情を無視して「戻せばよかった」とは何事か!』『金正日を天皇陛下と同列視などとは許しがたい!』と声を張り上げ、拉致問題の実態を訴え、『加藤排除すべし!』と気勢をあげておりました次第でございまして、東雲も『その通りであるなぁ』と耳を傾けていたわけでございます。
惜しむらくは東雲にとって新規の情報が得られなかったことでありましたが、それでも知らぬ人には分かりやすい話であり、知っておくべき話であると思ったものであります。
しかし、しかしながらその聴衆がやけに少ない。
東雲が見ましたところ、およそ三十人程度。
それも壮年層が大半を占めており、若人の姿がほとんど見えない。
一度見ていただければ分かるんですが、渋谷ハチ公前と申しますのはちょっとした広場になっておりまして、しかもすぐ信号があるため、常時かなりの人がまさにイモ洗いの如くごった返しておったりします。
その中に占める壮年層と申しますのは、実のところそれほど多くないものでありまして、ぶっちゃけてしまえば混雑の大半が若人でできています。
然るにそんな若人連中はと言えば、そんな真摯な訴えを無視して素通り。
中には演者のまん前でそっぽ向きながらタバコふかしてるニーチャンすらいるほどで。
お前らこの問題に対して何か感ずることはないんかいと、思わずそのニーチャンの頭を引っ叩いてやろうかとすら思っちまった次第でございます。
普通の感覚を持っていれば加藤に憤慨すること請け合いなのですが、興味がないのか良く知らないのか、若人どもは無関心。
そもそもこれは興味がないで済む問題でないし、まして知らないのであれば学ばなければならない問題。
にも拘らず、若人どもは無関心。
いやまぁ東雲もまだ三十路に届かぬ若輩ですが、しかしそこまで無関心なのも一体どうよと、そう思ったりするわけです。
まぁ、もしかしたら、もしかしたらこの問題を熟知しすぎて、特に聞くべき目新しいことはない、という話なのかもしれませんが、それにしたって素通りってどうなのさ、と、東雲は憂い憂うわけであります。
それこそ、沖縄の人員捏造集会ではありませんが、多くの人間がその街宣を注視していたとなればマスメディアだって(きっと)取り上げるでしょう。
そういう勢力があると知れば、加藤ら老害も幾らかは危機感を持つでしょう。
あるいは新たに関心を持つ人が出てくるかもしれない。
たかだか五分や十分足止めたって変わらんだろう、おんどれら、と、東雲はそう思うわけでございまして、しかるに本日の若人の様子というものは東雲を失望させるに十分でございました。
昨今、政府が弱腰、政治家が弱腰と言いますが、それを動かすのはやはり有権者たる国民であって、まず国民が動かなければ政府や政治家は重い腰を上げんだろうと思う東雲でございます。
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